「知り合いが相続対策で生前贈与をしていると聞いた」
「生前贈与は110万円までは良いらしい」
ご家族やお知り合いから、生前贈与について色々なお話を聞くケースがあるのではないでしょうか。
そこで今回は生前贈与をする理由や、そこに課される税金、メリット・デメリットなどをご紹介していきます。
生前贈与とは
生前贈与とは、ある人が生きている間に、家族などの他人に財産を無償で渡すことです。
贈与は、財産を渡す人(贈与者)と、財産を貰う人(受贈者)の両者の合意があれば、それだけで成立します。
必ずしも、贈与契約書などの書面が必要なわけではありません。
また、生前贈与は親族だけではなく、赤の他人に対しても行うことができます。
なぜ生前贈与か
子どもや孫に財産を渡そうと考えるなら、わざわざ生前贈与などしなくても、相続まで待って、相続で財産を渡せば良いのではとも思います。
しかし、生前贈与を行うことによって、相続発生時に自分が保有する財産を減らすことができます。
すると、相続発生時に自分が保有する財産に対して課税される相続税が安くなります。
極論、自分が持っている財産をすべて生前贈与できれば、相続時に相続税はかかりません。
したがって、皆、相続までに自分の財産を減らそうと、生前贈与をしたがるのです。
生前贈与に対する課税
生前贈与を行えば将来の相続税は減るのですが、贈与した時に贈与税が発生します。
贈与税の計算には、大きく分けて2つの方法があります。
「暦年贈与」と「相続時精算課税」という2つの制度です。
以下の表でそれぞれの制度の特徴を比較してみました。
なお、令和5年度税制改正により、令和6年1月1日以降の贈与については、暦年贈与と相続時精算課税の制度が大きく改変されることになりました。
その影響も表中に反映しております。
暦年贈与 | 相続時精算課税 | |
非課税枠 | 年間110万円 | 累計2,500万円
(令和6年1月1日以降の贈与から110万円の基礎控除新設) |
適用要件 | 特になし | 原則60歳以上の父母・祖父母から18歳以上のこども孫への贈与のみが対象 |
非課税枠を超えた金額に対する税率 | 10%~55% | 20% |
相続税計算時の加算対象
(非課税枠以下の贈与でも加算) |
相続開始前3年以内の贈与
(令和6年1月1日以降の贈与から7年以内) |
相続時精算課税適用時からの全ての贈与
(令和6年1月1日以降の贈与から、110万円以下の贈与は加算不要) |
留意点 | 特になし | 1度相続時精算課税を選択したら、暦年贈与には戻れない |
非課税枠
暦年贈与は年間110万円ですが、相続時精算課税は累計で2,500万円です。
なお、令和6年1月1日以降の贈与からは、相続時精算課税にも110万円の非課税枠が認められます。
適用要件
相続時精算課税は、原則60歳以上の父母・祖父母から18歳以上のこども孫への贈与のみが対象となります。
また、留意点にもありますが、1度相続時精算課税を選択してしまうと、暦年贈与には2度と戻ることはできません。慎重な選択が必要です。
非課税枠を超えた金額に対する税率
暦年贈与は、贈与財産の金額に応じて10~55%の税率となります。
一方で相続時精算課税は、贈与財産の金額に関わらず税率が一律20%です。
相続税計算時の加算対象
相続発生直前の駆け込み贈与を防ぐために、暦年贈与では相続開始前3年以内に贈与は、相続税の計算の時に相続財産に加算して集計します。
非課税枠以下の生前贈与も全て加算します。
生前贈与をしても、相続税の計算に加算されてしまうので、相続対策の意味がなくなるということです。
なお、令和6年1月1日以降の贈与からは、この加算対象期間が7年に延長されます。
一方で、相続時精算課税はさらに厳しく、相続時精算課税を適用した後の生前贈与は期間に関わらず全て相続税の計算に加算します。
2,500万円の非課税枠の以下の贈与も全て加算対象です。
なお、令和6年1月1日以降の贈与からは、相続時精算課税に新設される非課税枠110万円以下の贈与ならば、相続税計算時の加算は全て不要となります。例え、相続開始前1年以内の贈与であっても、加算はしません。
暦年贈与と相続時精算課税のどちらが良いのか
令和5年12月31日までの贈与は、暦年贈与を選択される方が圧倒的に多かった印象です。
なぜならば、相続時精算課税は2,500万円の非課税枠があるものの、相続時精算課税適用後の全ての贈与が相続税の計算時に加算されてしまうというデメリットが大きすぎたからだと思います。
そのため、相続財産が相続税の基礎控除以下に収まるなどの一部の人は相続時精算課税を使用していましたが、それ以外の大半の方は暦年贈与を選択していました。
一方で、令和6年1月1日以降の贈与は大きく状況が変わってきます。
なぜならば、相続時精算課税に110万円の非課税枠が創設され、さらに110万円以下の贈与ならば相続税の計算時の加算も発生しないという制度になったからです。
これにより、従来は毎年非課税枠110万円以下で暦年贈与をしていた方は、相続時精算課税へシフトしていくのではないかと思われます。
一方で、相続財産が大きく、110万円を大きく超える金額で生前贈与の対策が必要な方は、従来どおり暦年贈与を選択するということも考えられます。
令和5年12月31日までは暦年贈与を選択していれば大体のケースは大丈夫でしたが、令和6年1月1日以降の贈与は暦年贈与か相続時精算課税か、の選択が非常に難しくなってきます。
自身の相続財産の状況に応じた詳細なシミュレーションが必要になると思います。
生前贈与のメリット・デメリット
生前贈与にはメリットとデメリットがあります。以下の表にまとめてみました。
メリット | デメリット |
|
|
メリット1.相続税の対策になる
相続税は、相続発生時の遺産の金額に対して課税されます。
したがって、生前贈与で生きているうちに他の人へ財産を移転できれば、相続発生時に保有している遺産額が減り、相続税も減らすことができます。
メリット2.財産評価額の固定化
暦年贈与や相続時精算課税では、一定期間内の生前贈与は結局相続税の計算時に加算されてしまうというお話をしました。
では、相続税の計算に加算されてしまう生前贈与が全て無駄になるかというと、実はそれは誤りです。
なぜならば、相続税の計算時の加算は、相続時の時価ではなく、生前贈与時の時価で行うためです。
以下のように、毎年業績が好調で、株価が年々上昇している非上場株式を相続発生の2年前に生前贈与したとします。
財産の時価が安いうちに生前贈与をしておけば、相続税の計算では、その安い時の時価で加算します。
そのため、将来値上がりが見込まれる財産については生前贈与を早いタイミングで行うことで、相続税計算時の財産評価額を安い金額に固定できるというメリットが生じてきます。
メリット3.財産を渡す相手やタイミングを自由に選べる
相続とは、人間が死ぬことで発生します。
そのため、相続がいつ発生するのかは誰にもわかりません。
また、遺言を残しておけば別ですが、相続が発生すると相続人間で遺産分割協議が行われることになり、自分の財産が誰に渡るか決めることはできません。
一方で生前贈与は、生きている間なら好きなタイミングで財産を渡す時期を選ぶことができます。
また、財産を渡す相手も自由に選ぶことができます。
特定の相続人に生前贈与で財産を渡しすぎると、生前贈与が特別受益とみなされ、相続の際に他の相続人から遺留分の侵害額請求が主張されるリスクはあります。
しかし、遺留分の侵害額請求に対しては、例え生前に不動産や株式などの現物財産をもらっていても、「金銭」を支払うことで対応できます。
したがって、遺留分の侵害額請求が主張されたとしても、不動産や株式などの金銭以外の財産は、生前贈与によってそのまま形が残るかたちで好きな人に移転できます。
デメリット1.亡くなる前一定期間の贈与は相続税対策にならない
暦年贈与や相続時精算課税では、一定期間内の生前贈与は結局相続税の計算時に加算されてしまいます。
したがって、相続が発生する直前の駆け込み贈与は、基本的に相続税対策になりません。
しかし、メリット2.でもお話したように、相続税の計算に加算されるとしても、財産の評価額の固定化はあるため、全く相続税対策にならないかというと、そうではありません。
デメリット2.特別受益の問題
特定のお気に入りの相続人にだけ、財産を多く生前贈与される方がいます。
これがそのまま認められるかというと、生前贈与は民法上の特別受益とみなされてしまう可能性があります。
そうすると、遺産分割協議や遺留分の侵害額請求の場面で、その特定の相続人が生前にもらった財産(特別受益)は遺産分割等の金額から除かれてしまう可能性があります。
デメリット3.子どもや孫の教育、人格形成
幼く可愛い子どもや孫に、多くの財産を渡したいという方がいらっしゃいます。
もちろん誰にいくらの財産を贈与するというのは、財産をあげる人の自由です。
しかし、財産をもらった子どもや孫にとっては、お年玉の数万円すら大金です。
そんな子どもたちに毎年110万円などのまとまったお金を渡してしまうと、金銭感覚が同年代の子たちと離れてしまう可能性があります。
また、親が贈与したお金を管理しておけば問題ないという方もいますが、それは典型的な名義預金となり、税務調査で生前贈与が否認されますので注意してください。
生前贈与の効果を最大化するために
生前贈与のメリット、デメリットを把握した上で、いざ生前贈与を行うとなった場合に、生前贈与の効果を最大化するためのポイントがいくつかあります。
以下でそのポイントをご紹介いたします。
非課税制度の活用
生前贈与には、暦年贈与や相続時精算課税の非課税枠の他にも、配偶者控除などのいくつかの非課税制度が設けられています。
表にまとめると以下の通りです。
制度 | 非課税枠 |
暦年贈与の基礎控除 | 年間110万円 |
相続時精算課税の特別控除 | 累計2,500万円
(令和6年1月1日の贈与から110万円の基礎控除が新設) |
住宅取得等資金贈与の非課税枠 | 省エネ等住宅:1,000万円
上記以外の住宅:500万円 |
居住用不動産贈与の配偶者控除(おしどり贈与) | 2,00万円 |
教育資金の一括贈与の非課税枠 | 1,500万円
(うち、習い事等は500万円) |
結婚・子育て資金の一括贈与の非課税枠 | 1,000万円
(うち、結婚資金は300万円) |
具体的な適用要件は、以下の記事をご参照ください。
自分が活用できそうな非課税制度があったら、適用漏れがないように積極的に活用するようにしましょう。
多くの人に贈与する
そもそも贈与税の計算は、財産をあげた人の金額ではなく、財産をもらった人の金額で計算します。
そのため、子どもや孫など、多くの人に財産を贈与すれば、その分暦年贈与等の非課税枠を多く使うことができます。
例えば、以下のように長男、長女、孫の3人に110万円ずつ暦年贈与で贈与すれば、実質的に基礎控除枠110万円×3人=330万円が使用できます。
相続人以外への贈与
実は、暦年贈与の相続時開始前3年以内(令和6年1月1日以降の贈与は7年以内)の相続税計算時の加算は、遺贈や相続で財産をもらった人のみが対象です。
したがって、基本的には孫や法定相続人にならない場合の兄弟姉妹に生前贈与を行えば、例え相続開始の1年前に生前贈与を行っても、相続税の計算に加算されることはありません。
これを利用して、孫に多くの財産を生前贈与される方がいますが、注意点もあります。
それは、孫が生命保険金や遺贈で相続発生の際に財産をもらってしまった場合には、芋づる式で生前贈与の加算も適用されてしまいます。
さらに、孫は相続税額の2割加算の対象にもなってしまうため、相続税負担が非常に高くなってしまいます。
孫に生前贈与を行う場合には、税金面だけを考えると、生命保険金の受取人や、遺言で財産を遺贈するようなことはなるべくしない方が良いかと思います。
あえて非課税枠を超える贈与をするとお得なケース
あえて暦年贈与の非課税枠110万円を超えて贈与すると、将来の相続税負担を抑えることが出来るケースもあります。
例えば、いま1億円のお金を持っている人がいるとします。
相続人が1人の場合、この方が亡くなった場合の相続税率は30%です。
財産が1億円もあると、毎年110万円だけ贈与していたのでは、なかなか財産は減りません。
そこで、例えば310万円の現金贈与を行うとします。そうすると、基礎控除110万円を引いて課税価格が200万円なので、以下の表より贈与税率は10%となります。贈与税額は発生してしまいますが、相続税率30%よりも低い税率で財産を移転できます。
生前贈与から3年以内(令和6年1月1日以降は7年以内)に相続が発生してしまうと、相続税の計算に含めることになるのでメリットはないですが、3年超(令和6年1月1日以降は7年超)前から計画的に生前贈与を行っていく場合には、相続税率と贈与税率の差によるメリットを受けることができます。
現状の自分の相続税率を確認してみて、税率が高いようでしたら、基礎控除110万円を超える贈与を行うことをおすすめいたします。
値段の上がる財産から贈与
生前贈与には、財産評価額を固定化する効果があるとご説明しました。
仮に相続税の計算に加算されることになっても、相続時ではなく生前贈与時の時価で加算すれば良いのです。
そのため、区画整理や再開発で地価が上がることが見込まれる不動産や、業績好調で株価が上昇することが見込まれる非上場株式などを有している場合は、早めに生前贈与を行った方がお得になるケースがあります。
不動産の法人化
地主の方は不動産を次世代に贈与したいと考える方もいるかと思います。
しかし、不動産は地番や家屋ごとに、ある程度まとまった評価額がついてしまうことが通常です。
とても110万円の非課税枠には収まらないでしょう。また、不動産を共有持分で小分けで贈与していくとしても、贈与する度に登録免許税、不動産取得税、司法書士報酬等が発生してきます。
そこで、不動産の法人化をされる方がいます。
自分で法人を設立して、そこに自分の不動産を売却して、法人が不動産を保有するのです。
その代わり、不動産の所有者はその会社の株式を保有することになります。
株式はいくらでも細かい単位に分割することができるので、株式を生前贈与していくことで、実質的に不動産を小刻みにして生前贈与することが可能となります。株式の生前贈与は登記手続き等の複雑な手続きが不要である点もメリットです。
ただし、いくつかの注意点はあります。
まず、不動産を会社に譲渡する際に、譲渡所得税、登録免許税、不動産取得税等のコストが発生します。
また、会社側で不動産の時価に相当する資金を借入などで調達する必要があります。税務上は、不動産を時価で売買しないといけないからです。
これらのイニシャルコストを回収するためには、物件にもよりますが数十年単位の時間がかかるイメージです。
しかし、代々続く地主家庭などは、数十年、数百年単位の資産承継を考えているため、不動産の法人化を検討する余地は十分にあるでしょう。
株式の分割
会社オーナーの方は、自社の株式を次世代に生前贈与したいと考えます。
この点、会社の設立時の発行株式数が少なく、1株の評価額が大きくなってしまい生前贈与しづらいというケースもあります。
しかし、株式の数は、株主総会の決議によって自由に分割することができます。
100株を10,000株にでも、1,000,000株にでも、分割することができます。株式を細かく分割すれば、その分1株あたりの評価額は下がりますので、生前贈与もしやすくなります。
まとめ
生前贈与による相続対策は、相続開始直前になってから行うのでは遅すぎます。
60歳代くらいのまだ若いうちから、10年、20年スパンで次世代への生前贈与を計画的に行ってこそ、相続時に大きなメリットを生み出します。
まずは自身の現状の相続財産、相続税率を把握して、いくらずつ、誰に生前贈与したら良いのか、計画を立てるところから始めてみましょう。
その際は、税理士等の専門家の力を借りると、より良い計画が立てられるかと思います。