老人介護施設の経営環境の現状と今後の対策

 こんにちは!公認会計士・税理士の岸です。

 よくニュースでは日本の高齢化が叫ばれているところです。それに伴い老人介護施設に入所する人も増えています。本日は、その老人介護施設を経営側から解説していきたいと思います。

老人介護施設の現状

 いくつかの団体が老人介護施設の現状について調査を行っています。

 まず、東京商工リサーチさんが老人福祉・介護事業の倒産件数を公表しています。

株式会社東京商工リサーチ HP(https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20220114_01.html)  介護事業の倒産 最多から一転、支援策や報酬改定の効果で3割減 【2021年 老人福祉・介護事業の倒産状況】より抜粋

 2021年では倒産件数が大きく減少していますが、調査初期の2010年付近と比較すると依然として高止まりの状況かと思われます。

 また、独立行政法人福祉医療機構が運営しているWAMNETで公表されている介護老人保健施設の赤字割合も見てみましょう。

独立行政法人 福祉医療機構 (https://www.wam.go.jp/content/files/pcpub/top/scr/220318_No017.pdf)         「2020 年度(令和 2 年度)介護老人保健施設の経営状況について」より抜粋

 2020年度において赤字施設の割合が28%と大きく増加しています。4施設のうち1施設は赤字であるという状況です。

 上記データを見るに老人介護施設を取り巻く環境は現在非常に厳しいものであると考えられます。

老人介護施設の経営環境悪化の要因

 では、老人介護施設の倒産件数や赤字施設の割合が多くなった要因はどのようなものが考えられるでしょうか。大きくは以下の2つが考えられるかと思います。

(1)措置制度から契約制度への変化

 日本の社会福祉法人制度は、1951年に行政機関がサービスの対象者と内容を決定し、それに従い事業を実施する仕組みとしての「措置制度」によってスタートしました。措置制度においては、行政からの補助金や税制優遇を背景に、法令や行政指導に適合することに重きを置いた経営が適していました。したがって、市場原理で活動する一般的な民間の事業者とは異なる原理原則のもと、労働生産性等を重視する経営管理というよりも、予め定められたサービスの提供を重視するという環境に老人介護施設は置かれてきたものと考えられます。

 その後、1997年以降の、介護保険制度、支援費制度の導入によって、一部の事業について利用者がサービスを選択して自らの意思に基づき利用する仕組みとしての契約制度へ転換が図られました。この頃から民間企業の参入も始まり、老人介護施設は競争市場に身を置くことになりました。これに伴い、社会福祉法人は利用者のニーズに応じたサービスの提供、自主的なサービスの質の向上、経営の効率化といった一般的な民間の事業者と同様の経営管理の視点を求められることになりました。

 このような新たな競争環境に対応するためには、トップの意識から実際の運営及びガバナンスまで含め、従来の経営から脱却した大きな改革を行う必要があるかと思います。しかし、社会福祉法人は約半世紀にわたり措置制度のもとで運営してきた歴史があり、この間に醸成された組織風土や経営体制を変えることは容易ではなく、それが経営改革の大きな阻害要因となり、経営状況の悪化要因となっているものと考えられます。

(2)社会福祉法人の組織規模

 もう1つの要因は、社会福祉法人の組織規模にあると考えられます。独立行政法人福祉医療機構が公開しているデータによれば、社会福祉法人の約90%は売上高にあたるサービス活動収益が10億円未満の比較的小規模の法人です。小規模の法人では改革を推進するための人的、物的資源に乏しく、介護報酬の削減の中、現状維持が精一杯という法人が多く存在すると思われます。一方で、大規模な法人はその豊富な経営資源を活用して介護のIT・ロボット化の設備投資や組織改革を推し進め収益性を拡大しています。今後も小規模法人と大規模法人の収益格差は拡大していき、小規模法人は廃止やM&Aに追い込まれていくものと推測されます。

  以上のことから、小規模な組織の多い社会福祉法人においては、人的、資金的制約から改革の実行に課題があり、それが職員の充足状況、サービスの質に影響を及ぼすため、経営状況の悪化要因となっているものと考えられます。

老人介護施設の今後を見据えた対策

 ではこのような状況を脱却するために、老人介護施設はどんな手を打っていけば良いでしょう。

(1)作業の効率化・労働生産性の改善

 老人介護施設の費用の多くを占めるのは職員さんの人件費です。

 では、人を削減すれば良いかと言うと、人員配置基準の問題もありますし、人を削減すればその分施設利用者様への対応も疎かになってしまいます。そこで、人を削減するのではなく作業を効率化していくという考えが視点が重要になるかと思われます。

 労働生産性の改善については国も課題として認識しており、厚生労働省が以下のページで「介護サービス事業における生産性向上に資するガイドライン」と題した資料を公表しております。施設系サービスと居宅系サービスの2つのガイドラインが公表されています。私も見てみましたが非常に分かりやすい作りとなっており、これが無料で利用できるのは素晴らしいと感じました。

介護分野における生産性向上について (厚生労働省)

https://www.mhlw.go.jp/stf/kaigo-seisansei.html

 また、同じく厚生労働省が以下のページで職員教育向けに「介護分野における生産性向上e-ラーニング」というサイトを作成しています。こちらも無料で利用できますが、動画も分かりやすく、生産性向上のためのExcelツールも利用できます。施設内研修で動画を再生して勉強会を行うといった活用方法も考えられます。

介護分野における生産性向上e-ラーニング(厚生労働省)

https://www.mhlw.go.jp/kaigoseisansei-elearning/

 そして、上記のガイドラインやe-ラーニング等でも重要な施策として解説されているのが、介護のIT・ロボット化です。どのようなIT・ロボット化の製品や技術があるかは、以下の介護ロボットポータルサイトが参考になります。

介護ロボットポータルサイト(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)

https://robotcare.jp/jp/home/index

 なお、IT・ロボット化に関しては無料で出来るもの(無料のチャットツールの利用など)もありますが、ロボットの導入などにあたってはどうしても設備投資のお金がかかります。小規模な法人では設備投資の資金が不足している場合もあります。その際は補助金を活用すると良いでしょう。

 例えば、IT化でしたらIT導入補助金という制度の活用が考えられます。社会福祉法人でも一定の従業員数以下でしたら申請可能です。

IT導入補助金

https://www.it-hojo.jp/

 また、最近は各自治体でも施設や利用定員数に応じて介護ロボット、センサーなどの導入費用を一部負担する補助金を公募しています。参考にいくつかの自治体の公募要領のサイトを以下に記載します。

 介護ロボット普及促進事業について(埼玉県)

 https://www.pref.saitama.lg.jp/a0603/kaigo-net/robot/saitama.html

 介護ロボット導入支援事業(千葉県)

 https://www.pref.chiba.lg.jp/koufuku/kaigorobot/

 介護ロボット導入支援事業(栃木県)

 https://www.pref.tochigi.lg.jp/e03/kaigozinzaikakuho.html

 見守りセンサーやインカムを活用した介護報酬の夜勤職員配置加算も創設されました。作業の効率化を図りつつ介護報酬も増加すれば、施設の収益性は大きく改善します。是非、厚生労働省の無料のガイドライン、動画や補助金等を活用して、作業の効率化、労働生産性の改善を図っていきましょう。

(2)他の老人介護施設との連携

 こちらは、労働生産性の向上よりもさらに大掛かりな対策になります。1つの施設、法人では業務改善を行っていくような体力がない場合に、他の施設、法人と連携して規模を拡大していこうということです。

 ただし、他の施設、法人と連携といっても、連携の方法は様々です。厚生労働省の資料でよくまとまっているものがありましたので、以下共有します。

厚生労働省 社会・援護局 福祉基盤課(https://www.mhlw.go.jp/content/12000000/000817539.pdf)            社会福祉連携推進法人の運営等について p.33より抜粋

 まず、最も緩やかな連携が、自主的な業務連携や社会福祉協議会を通じた連携です。参加、脱退は各法人の自主的判断で行うことができます。法律上強い強制力はないけれども、何か困ったことがあったら一緒に協力しましょう、という温度感です。

 次は、社会福祉連携推進法人です。これは令和4年4月1日からと最近創設された制度です。令和4年6月17日時点で、全国で2法人が社会福祉連携推進法人として認定されています。参加、脱退は原則として法人の自主性を尊重しますが、自主的な業務連携よりは法律上の縛りが強いイメージです。次にご説明する合併、事業譲渡を行うことは難しいが、自主的な業務連携だと連携が弱すぎる。そういった法人のニーズを受けて創設された制度が社会福祉連携推進法人です。

 最後は、合併、事業譲渡です。合併の場合は、複数の法人が1つの法人となります。事業譲渡の場合は、譲渡元の法人から譲渡対象の施設や事業が、譲渡先の法人に完全に移転します。上記2つの連携方法と比べて、非常に強力な連携の方法であるといえます。ただし、合併、事業譲渡の対価はいくらにするのか、譲り受ける事業は隠れ債務などがないか、会計処理はどのようにすればよいのか、など、実行にあたっては難しい課題も多いです。会計士、税理士やM&A仲介会社等の専門家のサポートが必須になってくるかと思われます。

 このように法人、施設間の連携方法はいくつかありますが、いずれにしても連携を行うことによって、1社では実現できなかった事業や投資を行うことができる可能性があります。もし普段から交流がある他の老人介護施設等があれば、連携の話を切り出して見るのも良いかもしれません。

まとめ

 老人介護施設を取り巻く経営環境の現状と、それを踏まえた対策についてご説明しました。

 老人介護施設は今後益々、大が小を呑むといった業界再編が進んでいく可能性が高いです。

 自分の施設が今後の環境を勝ち残っていけるよう、業務の効率化や他法人との連携等を模索していきたいところです。

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